佐野市 (サノシ)

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住所 栃木県佐野市

県の南西部に位置し、北部から北東、北西部に自然環境に恵まれた中山間地域があり、南部・西部には都市的地域と農業が展開する地域が広がっている。
市の南端には渡良瀬川が流れており、境界となっている。
佐野地方は唐沢山周辺を根拠地にした藤原秀郷を始祖とする藤原氏によって永く支配され、その治世は674年間にわたり、江戸初期にまでおよんだ。
藤原氏は、11代成俊の時代に地名を冠し「佐野」氏と改姓し、30代信吉の時(1614年)豊臣家にくみしたなどの理由から徳川幕府ににらまれ、大名としての佐野家は断絶されてしまった。以後、天領支配などを経て彦根藩井伊家や諸旗本の領地となった。このころの佐野は「天明」と呼ばれ日光例幣使街道の宿場町として栄え、今に伝わる綿織物、天明鋳物、節句品の産地であった。また、江戸との交通、物資の輸送に秋山川、渡良瀬川などを利用した舟運が栄え、越名・馬門河岸がにぎわいを見せた。

1876(明治9)年地租改正の行われた時、天明町は小屋町と合併し佐野町と呼ばれたが、町制施行により佐野町が成立したのは1889(明治22)年。1943(昭和18)年4月、佐野町・植野村・界村・大伏町・堀米町・旗川村(義人田中正造翁の出生地)の6か町村が合併市制施行して佐野市が誕生。続いて1955(昭和30)年1月に足利郡吾妻村を、同年3月に安蘇郡赤見町を編入合併。さらに2005(平成17)年2月に佐野市・田沼町・葛生町の合併によって現在の佐野市となる。
地場産業は、綿・スフ織物、染色、挙物、瓦、節句品などであるが、1950年代に婦人子供服縫製業、プラスチック工業が盛んになり、1964(昭和39)年198万km2の工業団地を造成し企業誘致を行う。その後機械・食品中心の産業へと移行していく。農産物は米、麦、葉たばこ、養蚕などが主であったが、苺、野菜等の園芸作物に移りつつある。市内には万葉集東歌に詠われた三毳山があり、西部には出流原弁天池が涼味を誘い、北部には唐沢山(県立自然公園)があり、訪れる人の心に安らぎを与えている。

1963(昭和38)年に国道50号が開通。続いて1972(昭和47)年、東北自動車道・佐野藤岡インターチェンジが開通。さらに2010(平成22)年4月には北関東自動車道・佐野田沼インターチェンジが開通し交通網は飛躍的に整備され、産業、経済に大きな発展が期待される。2003(平成15)年には佐野藤岡インターチェンジ近くに佐野プレミアム・アウトレットがオープンした。

2005(平成17)年、田沼町・葛生町と合併し新・佐野市となった。
面積84.37km2、人口124,068人。

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