長沼氏 (ナガヌマシ)
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詳細
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12世紀末頃に小山氏から分出した一族で、祖は宗政。本領地長沼庄(現真岡市)の他、東海、東山、山陽、南海の諸道7か国にまたがる10余か所を領有した。長沼宗政は1221(承久3)年承久の乱で功績を挙げて淡路国守護職に任ぜられ、その子時宗-宗泰-宗秀-秀行と継承し、1333(元弘3)年までその任にあった。13世紀末頃から一族の分割譲渡が進み、さらに南北朝内乱期には遠隔地の所領支配が困難になっていく状況下で長沼氏の勢力は弱体化してゆく。1416(応永13)年の上杉禅秀の乱、1438(永享10)年の永享の乱、1441(嘉吉元)年の結城合戦に際し時勢を見きわめた活躍で勢力を伸ばした。この頃、本拠を皆川(現栃木市皆川城内)に移し、皆川氏を称した。戦国時代を生き抜いた皆川氏は、皆川広照が江戸時代の大名として残ったが、孫の時代に無嗣断絶した。



