奈良武次 (ナラタケジ)
map
各写真をクリックすると拡大して表示します。
詳細
| 住所 | |
|---|---|
| 照会先 | 南摩コミュニティセンター |
| 照会先電話番号 | 0289-63-8336 |
| ホームページURL | http://www.city.kanuma.tochigi.jp/13,2185,171,648.html |
1868~1962(慶応4~昭和37)年陸軍大将・侍従武官長・男爵。南摩村(現鹿沼市)出身。小学校卒業と同時に単身上京、伯父の家に寄宿して私塾進文学舎を経て1886(明治19)年陸軍士官学校に入学、陸士では首席を通し銀時計を賜り、次いで陸軍砲工学校、陸大と進み、何れも首席で卒業した。日清戦争に際して旅順口攻略に戦功を立てた。1900(明治33)年軍務局軍事課長、ドイツ駐在武官を歴任し、日露戦争には再び旅順口要塞攻略のため、第3軍攻城砲兵司令部員として出征し、さらに奉天会戦に参加。日露戦争終了後再びドイツ駐在武官となる。ドイツ駐在武官在任中、第1次世界大戦講和会議に陸軍委員として派遣される。その後支那駐屯軍司令官、陸軍省軍務局長を経て大正9年陸軍中将に進級し、東宮武官長となる。1922(大正11)年侍従武官長となり1933(昭和8)年までつとめた。侍従武官長退任の時男爵を授けられ枢密院顧問官に任命された。鹿沼市の名誉市民。



