戸田忠真 (トダタダザネ)
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詳細
住所 |
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1651~1729(慶安4~享保14)年、戸田宇都宮藩の初代藩主。甚十郎、主膳と称し、日向守、能登守、
のち老中となってからは山城守を称す。1685(貞享2)年、奏者番となり、1687(貞享4)年、寺社奉行を兼ねる。
1699(元禄12)年、父の遺領下総佐倉6万7800石を継ぐ。
1701(元禄14)年、勅使御馳走役の浅野内匠頭が殿中で刃傷事件をおこすや忠真は急拠その後を引きうけ大役をつとめ、
同年越後高田へ転封となった。1710(宝永7)年、閏8月宇都宮城を拝領し、戸田宇都宮藩が成立した。
1714(正徳4)年には老中に昇進し、1718(享保3)年1万石の加増をうけすべて7万7850石となった。
1728(享保13)年、将軍吉宗の日光社参には江戸留守居役をつとめている。1729(享保14)年、老中在職のまま79歳で死去。