諸葛琴台 (モロクズキンダイ)
map
詳細
住所 |
---|
1748~1810年(寛延元~文化7)湯津上村蛭田に生まれる。名は蠭,字は君測,通称次郎太夫,琴台・真髪山人と号す。河岸問屋の父から漢学を学んだが,20歳ごろ江戸に出て諸家と交わり学を修め,上野輪王寺宮の侍読となる。のち播州姫路侯の儒官。度量の学に精通し「律量全編」を著し,1787年(天明7)経学或問2冊,1796年(寛政8)焚書収燼並附録6巻を発刊,その他大学考,読論語10巻7冊,易筮探頤,孝経考,古碑考,涵月楼雑著16巻,鬒髪山人集初編15巻,諸葛易伝内外編16巻など。琴台は,諸葛を「しょかつ」と読まれることを嫌って「諸久津」と書くこともあった。日光に閑居すること10年,この間,烏山に出講,妻の郷里である芳賀郡赤羽に遊ぶこともあった。撰文筆蹟には,芳賀町東水沼「唐桶用水溜導水記」,興禅寺境内「本多長教」の碑文などがある。